湯気の向こうから、いりこの香り。
箸で持ち上げると、つやのある太い麺がしなやかに伸びる。
一見すると、とてもシンプルな一杯です。
けれど、その中には香川の小麦、瀬戸内の塩、醤油、いりこ、そして長く受け継がれてきた製麺の技術がつながっています。
9月21日、月曜日の「日本の魅力」は、香川県の讃岐うどん 食文化へ。
今回は人気店ランキングではありません。
「なぜ香川で、これほどまでにうどん文化が根付いたのか?」
その理由を、一杯のうどんを作る材料と地域の暮らしから読み解いていきます。
📌 この記事でわかること
・讃岐うどんが香川へ根付いた背景
・空海とうどんの話は史実なのか
・小麦・塩・醤油・いりこがそろった理由
・江戸時代にはうどん店が存在していたこと
・香川独特のセルフ店・製麺所文化
・手打ちうどんの基本工程
・県産小麦「さぬきの夢2023」の2026年現在
・初めて讃岐うどん店へ行くときのポイント
🍜 讃岐うどん 食文化|一杯の中に香川の地理がある
讃岐うどんと聞くと、まず思い浮かべるのは「コシの強い麺」ではないでしょうか。
しかし、なぜ香川県でうどんがここまで身近な食べ物になったのかを考えると、麺の作り方だけでは説明できません。
重要なのは、
小麦。
塩。
醤油。
いりこ。
これらの材料を得やすい環境が、瀬戸内海に面する香川周辺にそろっていたことです。
農林水産省も、香川でうどん文化が発展した背景として、温暖で雨が少ない気候を生かした小麦栽培、海岸部での塩づくり、醤油生産、そして瀬戸内海のいりこなど、複数の地域条件を挙げています。
つまり讃岐うどんは、
「有名な料理を香川で作るようになった」のではなく、香川の土地と食材が出会って育った料理
と考えると、その姿が見えてきます。
🌾 雨の少ない香川と小麦の関係
香川県は、比較的雨が少ない地域として知られています。
現在の香川には数多くのため池があります。
水を大切に使いながら農業を続けてきた歴史があり、その中で麦も重要な作物でした。
農林水産省の香川県の食文化紹介では、かつて米の裏作として小麦が栽培されていたことが説明されています。
農家では、小麦粉から作ったうどんや団子が季節の節目や祝い事にも使われました。
ここが大切です。
うどんは最初から、
「観光客が食べる香川名物」
だったわけではありません。
地域の人々が育てた小麦を食べる暮らしの中に、麺文化があった。
その積み重ねが現在へつながっています。
🧂 麺にはなぜ塩を入れるの?
讃岐うどんの麺作りで基本になる材料は、とてもシンプルです。
小麦粉・塩・水。
香川県観光協会の手打ち体験案内でも、この3つが基本材料として紹介されています。
塩は単に「味を付けるため」だけに存在しているわけではありません。
小麦粉と水を合わせた生地へ塩を加え、こね、踏み、寝かせる。
そうした工程を重ねることで、生地は扱いやすくなり、讃岐うどんらしい弾力のある麺へ近づいていきます。
そして瀬戸内沿岸では、かつて塩づくりが盛んでした。
麺を作るために必要な塩が身近に存在したことも、地域でうどん文化が育つ条件の一つだったのです。
🐟 だしを支える「伊吹いりこ」
讃岐うどんの魅力は麺だけではありません。
もう一つの主役がだしです。
香川のうどんだしを語る際によく登場するのが「いりこ」。
特に観音寺市沖の瀬戸内海に浮かぶ伊吹島は、いりこの産地として知られています。
原料となるのはカタクチイワシです。
香川県観光協会によると、伊吹島では漁獲されたカタクチイワシを素早く加工することで、良質ないりこを生産しています。
いりこから取っただしは、強いうま味がありながら、どこか素朴です。
そこへ醤油などを合わせる。
そして、ゆでたうどんを入れる。
すると、
小麦畑と瀬戸内海が、一つの丼の中で出会います。
讃岐うどんを地域文化として見るなら、この関係はとても面白いところです。
🫘 小豆島の醤油も同じ瀬戸内文化
うどんのだしに欠かせない調味料の一つが醤油です。
香川県には、醤油づくりで知られる小豆島があります。
小麦。
塩。
いりこ。
醤油。
一つひとつを見ると別々の産業です。
しかし、料理として組み合わせると讃岐うどんになります。
地域の農業・漁業・加工文化を一杯で味わえる。
これは、讃岐うどんを単なる麺料理として見るだけでは気付きにくい魅力ですね。
🤔 「空海がうどんを伝えた」は本当?
讃岐うどんの歴史を調べると、弘法大師・空海の名前がよく登場します。
香川県出身の空海が唐へ渡り、麺づくりの技術を持ち帰ったことが讃岐うどんの始まりだとする話です。
農林水産省の郷土料理紹介でも、
「空海が中国でうどんを知り、日本へ持ち帰ったのが始まりといわれている」
と紹介されています。
ただし、ここで注意したいのが**「いわれている」**という表現です。
現在私たちが食べている讃岐うどんと同じものを、空海が直接香川へ伝えたと断定できるわけではありません。
そのため、
空海の話は讃岐うどんに伝わる由来の一つ
として楽しむのがよいでしょう。
🖼️ 江戸時代には、すでに「うどん店」が描かれている
伝承とは別に、実際の資料からうどん文化をたどることもできます。
農林水産省の資料では、江戸時代に描かれた**「金毘羅祭礼図屏風」**に、うどん店が描かれていることが紹介されています。
つまり江戸時代には、現在の香川県でうどんを提供する商いが存在していたことがうかがえます。
金刀比羅宮への参詣者が集まる土地。
そこで食事を提供する店。
地域の日常食だけではなく、旅人へ食べてもらう料理へ。
長い時間をかけながら、讃岐うどんは暮らしと旅の両方に関わる食文化になっていったのでしょう。
👐 粉・塩・水から一杯になるまで
讃岐うどんの手打ち工程そのものも、一度知っておくと食べる楽しさが変わります。
香川県観光協会が紹介する基本工程は、
こねる
↓
踏む
↓
寝かせる
↓
延ばす
↓
切る
↓
ゆでる
という流れです。
材料だけを見ると、とても単純です。
でも、水分量。
気温。
生地の状態。
寝かせる時間。
延ばす厚さ。
切る幅。
ゆで時間。
少しずつ条件が変われば、完成する麺の食感も変わります。
特に生地をしっかり踏む工程は、讃岐うどんらしいコシを作るうえで重要な工程として紹介されています。

🏪 香川へ行く前に知りたい「3種類のうどん店」
香川県で讃岐うどんを食べるとき、県外から来た人が戸惑いやすいのがお店の仕組みです。
香川県観光協会では、讃岐うどん店を大きく3種類に分けています。
一般店
席へ座り、注文するとスタッフが料理を運んでくれる一般的な飲食店形式です。
初めてでも利用しやすいですね。
セルフ店
カウンターで注文し、自分で天ぷらや薬味を選び、店によっては麺を温めたり、だしを注いだりします。
食後は食器を返却口へ戻します。
ただし、セルフの範囲は店によって異なります。
製麺所タイプ
本来は麺を作る製麺所で、できたてのうどんを食べられるようになったタイプです。
客席が少なかったり、営業時間が短かったりする店もあります。
用意した麺がなくなれば営業終了になる場合もあります。
そのため、
有名店だから午後に行けば大丈夫
とは限りません。
目的の店がある場合は、当日の営業時間と営業状況を確認し、比較的早めに向かう方が安心です。
😳 「あつあつ」「ひやあつ」って何?
セルフ店などでは、
「あつあつ」
「ひやあつ」
「ひやひや」
といった言葉を目にすることがあります。
香川県観光協会の説明では、
麺の温度 → だしの温度
の順に表しています。
たとえば、
「あつあつ」は温かい麺+熱いだし。
「ひやあつ」は冷水で締めた麺+熱いだし。
「ひやひや」は冷たい麺+冷たいだし。
同じ麺とだしでも、温度の組み合わせによって食感や印象が変わります。
初めてなら、こうした注文文化そのものを体験してみるのも面白いですね。
🌾 2026年、県産小麦「さぬきの夢」は次の世代へ
昔から小麦が育てられてきた香川ですが、現在食べられている讃岐うどんのすべてが県産小麦で作られているわけではありません。
一方、香川県では「讃岐うどんに合う県産小麦」を目指して、長年品種改良を続けています。
それが**「さぬきの夢」**です。
そして2026年は、その小麦にも大きな節目があります。
香川県によると、現在は新品種**「さぬきの夢2023」**への切り替えが進められています。
2026年5月時点で、県産小麦「さぬきの夢」の作付面積は約1,700ヘクタール。
2024年秋播き・2025年産から「さぬきの夢2023」の一般栽培が始まり、段階的に切り替えられています。
そして、
2026年秋播き、2027年産から全面的に「さぬきの夢2023」へ切り替える予定
とされています。
つまり讃岐うどんは、
「昔の味をそのまま残す食文化」
だけではありません。
より良いうどん用小麦を作るために、今も研究と改良が続いているのです。
✨ 2026年も「うどん職人の技」を未来へ
2026年度には香川県が**「さぬきの夢」うどん技能グランプリ**を開催します。
県産小麦を使ったうどんの品質向上と、製麺技術を未来へつなぐことを目的とした取り組みです。
さらに2026年度は、予選・本選を勝ち抜いた職人が公開ステージで手打ち技術を披露する決勝戦を初めて実施する予定です。
昔から続く料理であっても、
材料を育てる。
品種を改良する。
職人技を競い、磨く。
次の世代へ伝える。
こうした現在進行形の取り組みがあるからこそ、伝統食は「昔のもの」にならず、今も進化を続けています。
🍜 初めての香川なら「何軒食べるか」より違いを楽しむ
香川へ行くと、
「せっかくだから5軒、10軒食べたい!」
と思う方もいるかもしれません。
もちろん食べ歩きも楽しいですが、無理に店舗数を増やす必要はありません。
かけうどん。
釜玉。
ぶっかけ。
しょうゆうどん。
冷たい麺。
温かい麺。
いりこが強いだし。
それぞれを少しずつ比べるだけでも十分です。
おすすめなのは、
「麺はどう違う?」
「だしはいりこが強い?」
「セルフの仕組みは?」
と、店ごとの違いを見ること。
単に「おいしい店を探す」から、
地域の食文化を食べ比べる旅
へ変わります。
⚠️ 店舗情報は訪問当日に確認を
讃岐うどん店の中には、早朝や午前中心で営業する店があります。
また、製麺所タイプでは麺がなくなり次第終了する場合もあります。
定休日や営業時間も店ごとに大きく異なります。
そのため、2026年9月21日に特定の店を訪れる場合は、
営業時間。
臨時休業。
売り切れ。
駐車場。
注文方法。
これらを公式情報で確認してから向かうのがおすすめです。
香川県観光協会の「うどん県旅ネット」では、エリアや一般店・セルフ店・製麺所といったタイプから店舗を探すことができます。
🌿 同じ香川の「食と土地」をもっと知る
香川県には、うどん以外にも土地と食が結び付いた文化があります。
瀬戸内海に浮かぶ小豆島では、温暖で雨の少ない気候を生かしたオリーブ栽培が続いています。
小豆島の景色とオリーブ文化についてはこちらの記事でご紹介しています。

また、瀬戸内海の港町文化へ興味が広がった方には、広島県・鞆の浦の記事もおすすめです。

小麦畑。
いりこ漁。
醤油づくり。
港町。
一つひとつの文化は別々に見えても、瀬戸内という環境の中でゆるやかにつながっています。
🌿 「日本の魅力」シリーズについて
このシリーズでは、
「有名だから食べる」
「有名だから見る」
だけで終わらず、
なぜ、その土地で生まれたのか。
どのような仕事や自然条件が背景にあるのか。
現在はどのように受け継がれているのか。
まで一緒に見ていきます。
次に香川で讃岐うどんを食べる機会があれば、ぜひ一度、
麺。
だし。
醤油。
その一つひとつにも注目してみてください。
🕊️ 終わりに|讃岐うどんは「香川を一杯にした料理」
小麦だけでは、讃岐うどんにはなりません。
塩だけでもありません。
いりこだけでもありません。
醤油だけでもありません。
香川の土地で育てられた麦。
瀬戸内の海。
塩づくり。
醤油文化。
うどんを打つ人の技。
そして、日常の中でうどんを食べ続けてきた人々。
それらが長い時間をかけて重なり、
讃岐うどん 食文化になりました。
しかも2026年の今も、「さぬきの夢2023」のような新しい小麦へ更新しながら、その文化は変化を続けています。
だから讃岐うどんは、
昔から残っているだけの郷土料理ではなく、
香川の暮らしとともに今も進化している食文化
なのだと思います。
次に一杯の讃岐うどんを前にしたら、
「このだしのいりこは、どこから来たんだろう?」
「この麺は、どんな小麦なんだろう?」
と少しだけ想像してみてください。
いつもの一杯が、香川という土地そのものに見えてくるかもしれません🍜



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