旅館で浴衣に着替えたあと、玄関を出て町へ。
川沿いの柳が風に揺れ、下駄の音が小さく響く。
少し歩けば、また別の温泉へたどり着く。
兵庫県豊岡市の城崎温泉 外湯文化には、一般的な「旅館の中で温泉を楽しむ旅」とは少し違った考え方があります。
それが、
「まち全体が一つの大きな宿」
という考え方です。
駅は玄関。
道路は廊下。
旅館は客室。
外湯は大浴場。
飲食店は食堂。
お土産店は売店。
そんなふうに町全体を一つの宿として楽しむ文化が、城崎には根付いています。
9月20日、日曜日の「日本の魅力」は、温泉の泉質ランキングではなく、
なぜ城崎では旅館の外へ出て温泉を巡る文化が育ったのか
という視点から、約1300年続く温泉街を見ていきましょう♨️
📌 この記事でわかること
・城崎温泉の外湯文化とは何か
・「まち全体が一つの宿」と呼ばれる理由
・約1300年前の開湯伝承
・七つの外湯それぞれの役割
・1925年の北但大震災から復興した歴史
・2026年9月20日に入浴できる外湯
・日帰り外湯めぐりの料金と営業時間
・浴衣と下駄で歩くときに知っておきたいこと
♨️ 城崎温泉の外湯文化|旅館の外へ出ることから旅が始まる
城崎温泉で特徴的なのが外湯めぐりです。
旅館の中にある浴場を「内湯」と呼ぶのに対し、町の中にある共同浴場を「外湯」と呼びます。
城崎では、それぞれ建物や由来の異なる外湯を歩いて巡ること自体が旅の楽しみになっています。
旅館へチェックインしたら、ずっと館内で過ごすのではありません。
浴衣へ着替える。
下駄を履く。
町へ出る。
温泉へ入る。
湯上がりに川沿いを歩く。
飲食店へ立ち寄る。
そして、また別の外湯へ。
つまり、旅館の玄関を出た瞬間も宿泊体験の続きなのです。
🏘️ 「まち全体が一つの宿」とはどういうこと?
城崎温泉観光協会では、
「駅は玄関、その先の道は廊下、宿は客室、外湯は大浴場」
という考え方を紹介しています。
とても面白い考え方ですよね。
普通の宿なら、
客室。
浴場。
食事処。
売店。
これらが一つの建物の中にあります。
一方、城崎では、それぞれを町の中へ広げて考えます。
そのため、宿泊者が町へ出ることは「宿から外出する」というより、大きな宿の廊下を歩いている感覚に近いのです。
この考え方には、観光客を一つの旅館だけで囲い込むのではなく、
町全体で迎えよう
という城崎らしいおもてなしの文化が表れています。
🌿 大谿川と柳並木が「廊下」になる
城崎温泉の中心を流れているのが**大谿川(おおたにがわ)**です。
川沿いには柳が並び、小さな橋がいくつも架かっています。
その両側には旅館や飲食店、土産店、そして外湯が点在しています。
だからこそ、城崎では「目的地から目的地へ急いで移動する」というより、
歩いている時間そのものを楽しむ
という感覚が似合います。
浴衣の袖が少し揺れる。
川面へ灯りが映る。
下駄の音が石畳や舗装路に響く。
温泉から温泉へ歩く数分間も、城崎温泉では旅の大切な一部なのです。
🙏 城崎温泉はいつ始まったの?
城崎温泉の開湯については、地域に伝わる物語があります。
養老元年、717年。
道智上人という僧侶が城崎へ訪れ、病気に苦しむ人々を救おうと祈願したと伝えられています。
そして一千日間祈り続けた末、720年に温泉が湧き出したというのが城崎に伝わる開湯の物語です。
その場所と結び付いているのが、現在のまんだら湯。
ただし、これは地域に伝わる開湯伝承として理解することが大切です。
また、城崎にはもう一つ、
傷ついたコウノトリが温泉で足を癒やしていた
ことから温泉が発見されたという「鴻の湯」の伝説も残されています。
同じ温泉街の始まりについて、複数の物語が語り継がれている。
そこにも1300年という長い時間を感じますね。
🛁 七つの外湯は、全部同じではない
城崎温泉では伝統的に、七つの外湯が知られています。
鴻の湯。
まんだら湯。
御所の湯。
一の湯。
柳湯。
地蔵湯。
さとの湯。
しかし、それぞれは単に同じ温泉を別の建物へ入れたものではありません。
建物。
大きさ。
開湯にまつわる物語。
露天風呂の景観。
町の中での位置。
それぞれに違いがあります。
たとえば、現在の一の湯は、江戸時代には「新湯」と呼ばれていました。
江戸中期の医師・香川修徳が著書の中で城崎新湯を高く評価したことから、後に「一の湯」と呼ばれるようになったと伝えられています。
一方、柳湯は外湯の中でも小さく、木造の温泉街と柳並木の風景に馴染む存在です。
つまり城崎の外湯めぐりは、
同じお湯へ何回も入ること
ではなく、
町に点在する異なる浴場文化を歩いて体験すること
に面白さがあります。
💡 外湯は観光客だけのものではない
もう一つ忘れたくないのが、外湯は観光施設だけではないということです。
城崎温泉観光協会も、外湯を地域の人々が日常的に利用している共同浴場として紹介しています。
これは、白米千枚田の記事で田んぼが観光用の景色ではなく現役の農地だったことにも少し似ています。
有名になったから文化が作られたのではありません。
もともと地域の暮らしがあり、
その暮らしそのものに旅人が触れられる。
そこが城崎温泉の面白さです。
🌋 1925年、城崎の町を襲った北但大震災
現在の落ち着いた温泉街からは想像しにくいですが、城崎は大きな災害も経験しています。
1925年5月23日の北但大震災です。
城崎温泉観光協会の記録によると、マグニチュード6.8の地震によって多くの家屋が倒壊し、その後に大規模な火災が発生しました。
城崎では272人が亡くなり、町の多くが失われました。
外湯も例外ではありません。
地蔵湯の一部を除き、多くの浴場が倒壊・焼失するほどの被害を受けました。
それでも城崎は再建されます。
現在私たちが歩いている温泉街は、
1300年前の形がそのまま残っている町ではありません。
長い歴史の途中で大きく壊れ、
そこからもう一度、
「城崎らしい温泉街とは何か」
を考えながら作り直されてきた町でもあるのです。

🏮 柳並木だけでは分からない「復興した町」という見方
城崎温泉を紹介する写真では、
柳。
川。
木造旅館。
浴衣。
夜の灯り。
といった景色がよく使われます。
もちろん、それは城崎らしい美しい風景です。
しかし1925年の歴史を知ったあとで見ると、少し印象が変わります。
この町並みは、
失われた後に、人々がもう一度作り上げた風景でもある。
完成した観光地だけを見ていると気付きにくい物語です。
城崎では温泉そのものだけではなく、
町を残そうとしてきた人々の選択
にも目を向けてみたいですね。
🚶 9月20日に歩くなら「全部入る」より自分のペースで
外湯めぐりと聞くと、
「せっかくだから全部入らなきゃ」
と思うかもしれません。
しかし、無理をして数を増やす必要はありません。
一つの外湯へ入る。
川沿いを歩く。
少し休む。
次の外湯へ。
このくらいの余裕を持った方が、城崎らしい町歩きを楽しみやすいでしょう。
特に9月中旬から下旬は、日中にはまだ暑さが残ることがあります。
入浴後は水分を取り、体調に合わせて休憩を挟むことも大切です。
⚠️ 2026年9月20日は「七湯すべて」には入れない
2026年9月に訪れる場合は、通常の観光案内写真だけで判断しないよう注意が必要です。
まず、さとの湯は建て替えに伴って休業が続いています。
さらに鴻の湯は、施設の長寿命化工事のため、
2026年5月11日から10月30日まで
長期休館予定です。
そのため、2026年9月20日に通常営業予定なのは、
地蔵湯
柳湯
一の湯
御所の湯
まんだら湯
の5つです。
9月20日は日曜日なので、現在案内されている通常休湯日には当たりません。
ただし、臨時休館や営業時間変更の可能性はあります。
旅行当日には必ず、城崎温泉観光協会の「現在の外湯」情報を確認してください。
⏰ 2026年9月20日の外湯めぐり目安
記事作成日時点の公式情報では、
地蔵湯
7:00〜23:00
一の湯
7:00〜23:00
御所の湯
7:00〜23:00
柳湯
15:00〜23:00
まんだら湯
15:00〜23:00
と案内されています。
最終受付は営業終了の30分前です。
一回ごとの料金は、大人800円、小人400円。
日帰りで複数の外湯へ入る場合には、
外湯1日券「ゆめぱ」
もあります。
記事作成日時点では、
大人1,500円。
小人750円。
そのため、2か所以上を巡る予定なら選択肢に入れやすいですね。
ただし、価格・営業時間・休湯日は変更される場合があるため、旅行直前に公式情報を確認してください。
👘 浴衣と下駄は「城崎らしい町歩き」の一部
城崎の写真でよく見るのが、浴衣と下駄で歩く姿です。
浴衣は旅館の中だけで着るものではなく、そのまま温泉街を歩くスタイルが自然に受け入れられています。
それが、
「町全体が一つの宿」
という考え方ともつながっています。
一方で、普段下駄を履かない方が長時間歩くと、足が痛くなることもあります。
無理に下駄へこだわらず、
歩き慣れた履物へ替える。
休憩を入れる。
近い外湯だけ楽しむ。
といった選び方でも十分です。
「城崎らしい格好をすること」より、
町を安全に楽しむこと
を優先したいですね。
🧴 外湯へ入る前に覚えておきたい基本マナー
共同浴場では、たくさんの人が同じ湯船を利用します。
まず掛け湯をする。
タオルを浴槽へ入れない。
長い髪は浴槽へつからないようまとめる。
大声で話さない。
浴場内で撮影しない。
こうした基本的な入浴マナーを守ることが大切です。
また、城崎では外湯が地域の人々の日常生活にも使われています。
「観光客向け施設へ来た」という感覚だけではなく、
地域の共同浴場を使わせてもらう
という気持ちを持って利用すると、外湯文化への理解も深まりそうです。
🗺️ 初めてなら「朝と夕方」に分けるのもおすすめ
2026年9月20日に日帰りで巡るなら、一度に回ろうとしない方法もあります。
朝は7時から開いている外湯へ。
町を散策しながら昼食や休憩。
そして15時以降に柳湯やまんだら湯へ。
こうすると、時間帯によって変化する町の雰囲気も楽しめます。
昼間の柳並木。
夕方の灯り。
そして夜の温泉街。
同じ道でも時間が変われば印象も変わる。
これも歩いて楽しめる温泉街ならではですね。
📚 志賀直哉にも愛された「文学のまち」
城崎は温泉だけでなく、文学とも深い関係があります。
中でもよく知られるのが志賀直哉です。
志賀直哉は城崎で療養した経験をもとに、小説『城の崎にて』を発表しました。
また城崎は、平安時代から歌にも詠まれてきた土地とされています。
温泉へ入り、
静かな町を歩き、
宿へ戻って本を読む。
城崎では、そんな過ごし方もよく似合います。
「何かをたくさん見る旅」ではなく、
少しゆっくり過ごすこと自体を目的にできる町
なのですね。
🌿 一緒に読みたい「人と町が作った日本の景色」
城崎温泉のように、暮らしと観光が一つになった町をもっと知りたい方には、京都府の伊根もおすすめです。
伊根では、漁業から生まれた舟屋が現在も人々の生活の中で使われています。

また、同じ兵庫県で人が残した歴史景観を楽しみたい方には、竹田城跡があります。
山頂へ残る石垣と、その保存のために整備された現在の見学環境をご紹介しています。

海辺の暮らし。
山城の石垣。
温泉街の共同浴場。
形はまったく違いますが、
人の生活や仕事が場所の姿を作ってきた
という点ではつながっています。
🌿 「日本の魅力」シリーズについて
このシリーズでは、有名な場所を紹介するだけではなく、
なぜ、その土地ならではの景色や文化が生まれたのか。
どのような人の暮らしによって続いてきたのか。
今訪れるなら、何を知っておくとよいのか。
まで一緒に見ていきます。
写真を見ただけでは分からない日本の物語を少しずつ知りたい方は、ぜひ次の記事にも遊びに来てくださいね🌿
🕊️ 終わりに|城崎温泉で楽しむのは「お湯」だけではない
城崎温泉へ行く目的を一言で表せば、
「温泉に入ること」
になるかもしれません。
しかし、外湯文化を知ると、それだけではないことが分かります。
浴衣へ着替える。
町へ出る。
川沿いを歩く。
外湯へ入る。
また歩く。
店へ立ち寄る。
宿へ戻る。
その一つひとつがつながり、
町全体で一つの滞在体験になる。
これが城崎温泉の大きな魅力です。
さらに現在の町並みは、1925年の北但大震災による大きな被害を乗り越えて受け継がれてきたものでもあります。
だからこそ、柳並木や温泉の灯りを見るとき、
「昔ながらの風景だな」
だけではなく、
この町を残そうとした人たちがいた
ことも少し思い出してみたいですね。
9月20日の日曜日。
急いで観光地を何か所も回る旅とは違い、
温泉に入りながら、町そのものをゆっくり歩く。
そんな一日も、日本の文化を知る素敵な旅になりそうです♨️



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